列車でGO

 円盤会のホームページが管理人さんのご苦労によりリニューアルされました。それに刺激されて、実に1年3か月ぶりに「お言葉」を書いてみようと思います。

 休筆?の間、個人的には波瀾万丈で、夏には母親が一時期倒れたり、その余波で身体障害者4級の父親の介護に追われたりと、しっかりと自分と親の年齢を自覚させられました。

 母親が入院したのが夏休み期間中だったため、五島に帰省していた大統領が総理大臣を実家に預けたままお戻りになり、72歳の父と88歳の祖母の世話を含めて大車輪のご活躍だったわけですが、2学期が始まると東長崎から通って介護するのも負担が大きいとお考えになられたのか、「大村に引っ越す」ことを決断されました。

 通常の発想ではどこかアパートでも借りてと思うところが、「家を建てる」に直結するところが社長令嬢です。夏休み後半の10日あまりでバタバタと土地を決定し、あれよあれよと思うまもなく建設に着手されました。

 さて、地鎮祭の頃には67歳の母もすっかり回復し、生活も平常に戻ったことから「これって早まった決断?」とも思いましたが、これから親が若返る訳でもなく、私も通勤1時間オーバーとなることへの覚悟を決めました。

 そんなわけで、この春からJRで通勤です。最寄り駅は「諏訪」というところですが、人口増加の一途をたどる大村市では諏訪から乗っても座れません。一時間の移動時間を立って過ごす気力も体力も41歳の身にはありませんので、だらだらとした坂を楽チャリ8分間こいで一つ前の「竹松」駅から7時32分発の快速に乗車、8時23分に「長崎」駅に到着しています。

 帰りも何とか一時間1本ペースで便はあるのですが、単線の悲しさから「現川」駅や「市布」駅で列車行き会いのための停車があったり、「諫早」駅で特急待ちの停車があったりで、何もなければ50分の行程がプラス10分当たり前の、早く帰りたい気持ち逆なでダイヤです。

 この「諫早」駅での10分停車がくせ者で、飲んで帰る時、諫早までは一生懸命起きていて、停車中も「寝たら佐世保まで行くぞ!」と言い聞かせながら必死に目を開けているのですが、発車と同時に気持ちが緩み、気がつくとアラもう「大村」駅と言うことが何度もありました。

 最近は一緒に飲んでたおねぇちゃんやお店のおばちゃんに「○時○分に携帯にかけて起こしてね。」と頼んで乗ることにしています。先日も最終11時10分で帰る時、二人のおねぇちゃんに電話をお願いして乗車したのはいいのですが、自動電源OFFが11時にセットされていることを失念してて、まさに危機一髪でした。

 そんな訳で円盤に乗るわけにも行かず、長崎では日本酒も恐る恐る飲んでいる有様ですが、引っ越して少しだけうれしかったことは、お気に入りの佐賀県鹿島の「能古見」が近所の酒屋で簡単に手に入ることです。皆さん、大統領宮殿まで飲みに来ませんか、JRに乗ってね。

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